まぐ愛秘話

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第207話【魂の声を聴く】山の渓流を歩く気持

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今日も山奥に入って、渓流を上った

熊が出たらどうしようかと考えて、リックに斧を収めたりして

だから人っ子一人いない山の奥だ

臆病の者にはだめだろう

僕は無人島で一人暮らしても恐怖感は一切なかった

一人が性に合っているし、一人に強いのかも知れない

 

なぜ山に入るのか?

これまではイワナ取りや、ナメコ採りが楽しいからだと思っていたが

それだけなのかと自分に問いただしてみた

どうも魂とつながるための儀式であったかと今日思ったことだ

 

人間の身体には神が隠れ住んでいる

このことがなかなか人には理解できない

神は人間を損なわないために

実に巧妙に姿を隠して身体に潜んでいる

それはわかる、神が姿を現したならば人間の独自性、主体が消えるからだ

 

このことを10年以上、尿を飲み続けて悟った

アタマではとれほど考えても病気は治せない

だが尿を飲めば病気は治るのだ

つまり身体は病気の正体を知っているし、治せるのだ

カラダは病気を治す力があるのにも関わらず、黙っている

それは人間の邪魔をしないためだ

「痛みを通して快へ」という地球の鉄則を踏みにじらないためだ

 

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人間はアタマが自分だと思いこんでいる

考えることが自分だと思っている

アタマはどれほど考えても病気を治せないように

アタマは幸福を知らない

どれほど考えても幸福にはなれない

アタマの中には幸福がセットされていない(笑)

人が幸福になろうとする努力はいい

だが幸福はアタマの中にはない!

 

幸福がセットされていたならば、人間はここまで地球を破壊することもなかっただろう

幸福を探求するあまりの今の地球の結果だ

地球そのものの存立が危ぶまれている

 

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アタマの外部に幸福は棲む

アタマをどれだけひねくり回してもそこにはない

そこでアタマを切るのだ

だがエゴはそれを許さない

徹頭徹尾自分であると思いこんでいるアタマを捕縛して逃がさない

人は自分の思いから逃れられない

考えを休めることができない

考えに休止命令を下せない

 

まあ自分で自分を否定できないというのはわからんでもない

 

僕はセックスがとても好きだ(笑)

なんで好きだかというとどうもこのことに関係がありそうだ

相手が好きだからではない

アタマを切れるからだ!

アタマから逸脱できるから、セックスを尊重するのだよ 笑えるねぇ

セックスは非常識だ

非日常だ

常識の外にある

日常ではありえないどんな破廉恥な行為もそこでは許される

つまりはセックスはアタマを切らないと没入できない

アタマを使っている限り、いいセックスはできないのだよ

アタマのいい君や、貴女、あなたのアタマが君をエクスタシーに導かないのだぜ

バカにならないと、狂気にならないと憧れのエクスタシーは降りてこないのさ

賢い君はどこまで行っても無理だろうなぁ

賢さを捨てない限りはね

 

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僕の嫌いな長い文章になっているなぁ、仕方ない

 

セックスと山歩きはたぶん共通している

アタマを切るという点で同じだ

人がいたらできない

スマホに意識を奪われていたら無理だ

アタマを四六時中、酷使しているのだから

スマホは人の意識を吸い取る、人に意識を奪う

ますますアタマの奴隷にしようというのがスマホ

 

意識を奪うモノから逃れるために

僕は人と里を離れて、誰もいない山の奥に分け入るのだな

 

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山を、川を上りながら何を考えているのか

何も考えていない

セックスもそうだ

何も考えていない

だからセックスも、山歩きもそれが何であるか言えないのだ

アタマを離脱しているからだ

アタマにはいないからアタマが働かない

言葉はアタマが産み出すものだ

アタマが働かないから、言葉にもならないのだよ

表現ができない

 

さあ、言いたいことは言えたかどうか

わからんが、これで終わる

君に僕の言うことがわかろうが、わかるまいがどうでもいいことだ

 らびゅー らぶおーる

 

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